2000-02-01から1ヶ月間の記事一覧

『戦いに生きて』

ゴールドシチーの骨折の原因は、骨折の瞬間を目撃した人がいないため、推測に頼るよりほかにない。他の馬に蹴られた、不注意で柵にぶつかった、その他いろいろな理由が考えられるものの、上腕部という不思議な骨折の個所、そして発見されたときの状況からは…

『南国に果つ』

ゴールドシチーの乗馬生活の終わりは、突然やってきた。ゴールドシチーが宮崎競馬場にやってきて約半年が過ぎた平成2年5月1日、悲劇は起こった。 その日のゴールドシチーは、いつもと同じように他の馬たちと一緒に放牧に出されていた。メーデーで休みを取っ…

『悲しき抵抗』

乗馬としての調教を受けるために宮崎競馬場にやって来るサラブレッドの多くは、競走馬を引退した馬たちだった。彼らも、最初は競走馬時代の習性が抜けないのか、他の馬と並んで歩くことを拒んで暴れたり、突然走り出したりすることは珍しくないという。だが…

『嗚呼、Gl馬』

ゴールドシチーの引退後については、資料も比較的多く、詳細な「その後」を伝えることができる。 こうして競走生活を引退することになったゴールドシチーだったが、通算成績20戦3勝、Glとはいっても、いわゆる八大競走等と比べて格式は低いとされる阪神3歳S…

『早すぎた限界』

ゴールドシチーは、菊花賞の後も鳴尾記念(Gll)へと出走した。ここでは1番人気に支持されたゴールドシチーだったが、菊花賞の疲れが残っていたのか、それとも56.5キロのトップハンデが響いたのか、人気を裏切って6着に沈んでしまった。ファン投票では、有馬記…

『終わる夢』

鞍上が転々とした末、河内騎手とともに臨むことになった菊花賞の当日、ゴールドシチーは、ダービー馬メリーナイスに次ぐ2番人気に支持された。メリーナイスは秋初戦のセントライト記念(Gll)も勝っており、1番人気は当然としても、ダービー4着のゴールドシチ…

『鞍上転々』

春のクラシックで良績を残した4歳馬は、夏休みを経て菊花賞(Gl)を目指すのが普通である。ゴールドシチーもその例に漏れず、神戸新聞杯(Gll)から菊花賞へ向けて始動することになった。ちなみにこのときゴールドシチーの鞍上は、前述の事情で本田騎手から猿橋…

『謎の後退』

ところが、ゴールドシチーは一生に一度の晴れ舞台で、謎の走りをしてしまった。ゴールドシチーはスタートこそ心配された出遅れもなく、うまく中団につけることに成功した。しばらくすると無理なく、しかし確実に、前との差を詰めていく気配さえ見せていた。…

『夢は府中へ』

体調不十分な中で2着に頑張ったゴールドシチーの皐月賞での走りは、清水師らにダービーを意識させるものだった。本当は未経験の東京競馬場を経験させるため、ゴールドシチーをNHK杯(Gll)で使いたかった清水師だったが、不完全な体調で爆走した馬の疲労を考え…

『禍転じて・・・』

しかし、「禍福はあざなえる縄の如し」という格言もあるとおり、不運と幸運との差は、事態に直面する当事者が思うより、はるかに小さなものに過ぎない。この日のゴールドシチーは、まさに禍が福に転じた好例となった。 スタート直後のゴールドシチーは、後ろ…

『波乱の幕開け』

閑話休題。こうして西の3歳王者に輝いたゴールドシチーは、最優秀3歳牡馬にも、朝日杯3歳S(Gl)馬のメリーナイスとの同時受賞ながら、見事に選出された。 もっとも、この年は有力馬のデビューが遅れるケースが多く、暮れに間に合わず、あるいはGlをあえてスキ…

『じ〜わんって、何さ』

阪神3歳Sの時、ゴールドシチーの故郷である田中牧場では、生産者の田中夫妻の間で、深遠なる会話が交わされていた。レースの時、田中夫人はちょうど買い物に出かけていたため、田中氏は一人テレビで、自分の生産馬の快挙を見つめていた。優勝が決まってすっ…

『西の3歳王者』

こんな調子だから、本田騎手としても自分の構想よりは早めに先頭に立つ展開を余儀なくされた。それでも手ごたえはとてもよく、いったん先頭に立った時には、本田騎手もこのまま抜け出せる、と勝利を半ば確信したという。 ところが、ここでゴールドシチーは本…

『関西お目見え』

北海道で5戦を走ったゴールドシチーは、ようやく栗東へ帰ってくると、その後しばらくレースには出走せず、慎重に調整することになった。コスモス賞から約3ヶ月、ゴールドシチーの復帰戦となったのは、阪神3歳S(Gl)だった。関西馬のくせに、関西初出走はGlに…

『目立たぬままに』

当初、デビューを待っていた多くの若駒の中で、ゴールドシチーがたちまち頭角を現したわけではなかった。特別な良血でもなければ調教で抜群の時計を叩き出すわけでもないゴールドシチーは、夏にデビューした後も、しばらくの間は平凡な3歳馬の1頭としてしか…

『強さと脆さと』

ただ、「ヘミングウェイ」は血統こそ平凡だったものの、その四白流星尾花栗毛という派手な外見は平凡ではなかった。彼の毛色の派手さ、そして美しさは際立っており、馬をほとんど知らない人でも、彼だけは遠くから見ただけですぐに区別できた。田中氏は、「…

『馬に貴賎なし、然れども血統に貴賎あり』

ゴールドシチーが生まれたのは、門別の田中牧場である。当時の田中牧場は、田中茂邦氏夫妻が2人で経営していた小さな牧場であり、過去に特筆すべき実績馬を出したこともなかった。 ゴールドシチーの母であるイタリアンシチーは、大衆向け一口馬主クラブの走…

『挽歌』

1986年の勝ち馬ゴールドシチーは、今回取り上げる6頭の中では、比較的有名な部類に属する。「四白流星尾花栗毛」―あらゆる馬の毛色の中で最も美しいといわれる毛色を持ったこの馬は、年間約8000頭が生産される日本のサラブレッドの中でも稀に見る美しさを持…

□第025話 前編3―「ゴールドシチーの章」

1984年4月16日生。1990年5月1日死亡。牡。栗毛。田中牧場(門別)産。 父ヴァイスリーガル、母イタリアンシチー(母父テスコボーイ)。清水出美厩舎(栗東)。 通算成績は、20戦3勝(3-6歳時)。主な勝ち鞍は、阪神3歳S(Gl)、コスモス賞(OP)。 ―その時、…

『昔の光、今何処・・・』

悲しき大器カツラギハイデンは、北九州記念の後またもや屈腱炎を再発してしまった。しかし、もはや事実上Gl馬の名誉を失ったに等しいカツラギハイデンが種牡馬への道を切り拓くためには、もう一度レースで結果を出さなければならなかった。ボロボロになった…

『西の地に没す』

4歳以降のカツラギハイデンを見てみると、まるでダイゴトツゲキがたどった馬生をそのまま後追いしたかのように苦難の道を歩んでいる。そんな彼には、やはりダイゴトツゲキと同じ屈辱が待っていた。本賞金が2300万円だったカツラギハイデンも、5歳夏の降級に…

『覚めない悪い夢』

だが、東上したカツラギハイデンは立ち直りのきっかけをつかめないまま、苦しい戦いを強いられることになった。 スプリングS(Gll)では2番人気に支持されたカツラギハイデンだったが、先行しながら直線ずるずる後退し、8着へと沈んだ。重馬場を気にしたとはい…

『躓きの石』

明け4歳になったカツラギハイデンは、初戦としてきさらぎ賞(Glll)を目標に調整された。もっとも、これはあくまでも通過点であり、当然のことながら、最終目標はもっと先にあった。西の3歳王者となったカツラギハイデンが目指すものは、全国統一、すなわちク…

『勝利を我が手に』

直線に入ると、西浦騎手はいよいよ仕掛けた。もっとも、ずっとインコースを走っていたカツラギハイデンの場合、前もごちゃついて、そうすんなりと抜け出す、というわけにはいかない。西浦騎手が仕掛けた時、ちょうど前の馬がよれた時には、周囲をひやりとさ…

『我が道を往く』

レース前のゲート入りでのカツラギハイデンは、ゲートを少し嫌がるしぐさを見せたものの、さほど深刻な事態にはならず、無事にゲートへと収まった。 ゲートが開くと、カツラギハイデンはスムーズにスタートしたものの、やがて位置を下げると、中団へと陣取っ…

『人気に託する希望』

前評判ではデイリー杯で牡馬を蹴散らしたヤマニンファルコンが有力視されていた阪神3歳S戦線だったが、フタをあけてみると、単勝1番人気は310円のカツラギハイデンだった。2番人気で410円のヤマニンファルコン、3番人気で490円の京都3歳S馬ノトパーソという…

『彼女たちの時代』

ところで、この年の阪神3歳Sには、例年にない奇妙な現象が起こっていた。出走馬10頭のうち3頭までを牝馬が占めていたのである。阪神3歳Sは当時まだ牡牝混合戦ではあったが、1975年から1984年までの優勝馬を見ると、牝馬が勝ったのは1度だけ、と言う牡馬優勢…

『勝ってびっくり』

入厩当初、カツラギハイデンは慢性的なソエに悩まされていた。10月にデビューしたのも、彼のソエが治ったわけではなく、むしろ「これ以上待っても症状は変わらないだろう」という見切り発車に近いものだった。しかし、カツラギハイデンは、万全ではない体調…

『金三角』

「サチノボールド」の最大の長所は、気性の素直さだったという。ボールドリック産駒は、父の気性難を受け継いでいることが多かったが、彼にはそうした欠陥は見られなかった。むしろおっとりした人なつっこい性格で、大塚牧場の人々が、「サチノボールド」に…

『女の子がほしかった・・・』

カツラギハイデンのふるさとは、三石の本桐にある大塚牧場である。大塚牧場は、明治35年開業という古い歴史もさることながら、その実績においても、第1回有馬記念をはじめ天皇賞、菊花賞をも制したメイヂヒカリ、やはり菊花賞を制し、重賞5勝を含めて通算36…