『昔の光、今何処・・・』

 悲しき大器カツラギハイデンは、北九州記念の後またもや屈腱炎を再発してしまった。しかし、もはや事実上Gl馬の名誉を失ったに等しいカツラギハイデンが種牡馬への道を切り拓くためには、もう一度レースで結果を出さなければならなかった。ボロボロになった脚でもなお現役にこだわり続け、そのたびに症状を悪化させていった。レースに出走することすらかなわぬまま、ただ月日だけが流れていった。

 復帰の夢破れたカツラギハイデンの現役登録が抹消されたのは、1990年夏のことである。結局彼は、北九州記念の後再び戦場へ帰ってくることはなかった。引退のとき、阪神3歳Sの栄光からは4年半、最後に出走した北九州記念からももう3年が経過し、カツラギハイデンは既に8歳になっていた。そして、カツラギハイデンの新しい用途は種牡馬ではなく、「乗馬」となっていた。しかし、その時既に忘れられたGl馬の行方に興味を示す人は、ほとんどいなかった。

 カツラギハイデンのその後の消息については、当時の雑誌などをあたったものの、行き先はおろか引退の報すらろくに記述がなく、彼の行方は現時点でもまだつかめていない。(この章、了)

記:2000年2月14日 補訂:2000年11月30日 2訂:2003年3月26日
文:「ぺ天使」@MilkyHorse.com
初出:http://www.retsuden.com/