『覚めない悪い夢』

 だが、東上したカツラギハイデンは立ち直りのきっかけをつかめないまま、苦しい戦いを強いられることになった。

 スプリングS(Gll)では2番人気に支持されたカツラギハイデンだったが、先行しながら直線ずるずる後退し、8着へと沈んだ。重馬場を気にしたとはいえ、なんの見せ場もない無残な敗北だった。それでも阪神3歳S勝ち馬としての賞金があり、皐月賞(Gl)出走は果たしたものの、今度は良馬場だったにもかかわらず、21頭だての18着に大敗した。こんな無残な数字では、道中他馬と接触したといっても、単なる言い訳にしかならない。

「(2着、関西馬最先着の)フレッシュボイスとあんなに(2秒7)差があるわけはないのに・・・」

 西浦騎手は首をかしげたが、原因は分からないままだった。調教を見る限り、目に見えて調子が悪いわけではない。それどころか、デビュー以来悩まされていたソエはほぼ治まっており、むしろ一気に伸びても不思議ではないはずだった。それなのに、着順は逆に悪くなる一方である。これでは手の打ちようがなかった。

 続いて出走したNHK杯(Gll)では、重馬場の中、直線だけで10頭を差す脚を見せた。・・・とはいっても、最後方からでは焼け石に水で、7着に終わった。有力馬が皐月賞上位からダービーへ直行する裏で行われる、層の薄いトライアルでこの結果に終わったということは、カツラギハイデンに良化の兆しは見られずない、ということにほかならない。こんなことでは、相手関係が格段に強化されるダービー本番では勝負にならないだろう・・・。

 土門師は、ここで日本ダービー(Gl)をすっぱりとあきらめ、カツラギハイデンを放牧に出し、秋に備えることにした。放牧によってカツラギハイデンの心機を一転し、今度こそ秋の飛躍を図るためだった。

 しかし、秋にカツラギハイデンがターフに還ってくることはなかった。カツラギハイデンは、屈腱炎を発症し、長期休養を強いられたのである。4歳以降のカツラギハイデンにとって、その戦いとは、まるでさめない悪い夢のようだった。

 ちなみに、カツラギハイデンが離脱したクラシック戦線では、皐月賞、ダービーを関東馬に譲ったものの、ダービー馬ダイナガリバーらを地元に迎え撃っての菊花賞(Gl)では、久々に関西馬が優勝して関西勢の牡馬クラシック連敗にストップをかけた。ダービー馬ダイナガリバーとの直線の死闘を制して関西の悲願を果たしたその勝ち馬は、阪神3歳Sの頃には未勝利のまま骨折して休養中だったはずのメジロデュレンだった。その一方で、「関西の強い牝馬たち」が挑んだ牝馬三冠路線は、関東馬の壁、というよりメジロラモーヌ1頭の壁によってことごとく跳ね返され、史上ただ一頭の「三冠牝馬」の誕生を許す結果となっている。カツラギハイデンが3歳王者に輝いた時点で、誰がこのような結果を予想したであろうか。