『禍転じて・・・』

 しかし、「禍福はあざなえる縄の如し」という格言もあるとおり、不運と幸運との差は、事態に直面する当事者が思うより、はるかに小さなものに過ぎない。この日のゴールドシチーは、まさに禍が福に転じた好例となった。

 スタート直後のゴールドシチーは、後ろから2番手という位置だった。普段の彼ならば、前にたくさんの馬がいることが許せずたちまちかかってしまっただろうが、この日の彼にはそんな元気すらなかった。

 本田騎手は、ゴールドシチーの体調を考えると、いい脚を長く使うことはとても期待できないと考えた。ならば、道中は後方で「死んだふり」をして、最後の直線での一瞬の脚にかけよう・・・。

 すると、いつも本田騎手の思うとおりには動いてくれないゴールドシチーが、この日だけは実に従順に本田騎手の手綱に従ってくれた。この日はセン痛で馬に元気がなかった分、彼は騎手に反抗する元気もなくなっていたのである。だが、おかげで本田騎手は、十分に末脚をためることができた。また、前がつまらないように馬を外に持ち出した際には、前が開いても馬がいきりたって行ってしまうこともなく、余裕を持って仕掛けどころを待つことができた。

 すると、本田騎手の好騎乗によって、禍は転じて福となった。レースは直線でサクラスターオーが早々と抜け出し、栄冠の行方は既に決したものの、その後ろでは馬群が団子状になり、ほぼ横一線での壮絶な2着争いが繰り広げられた。そんな中で、本田騎手の指示どおりに動くことができたゴールドシチーは、体調が最悪でも発揮できる一瞬だけの切れ味で直線勝負に食い込み、戦前の低評価を覆して2着の座を確保したのである。