『淀に棲む魔物』

 メジロデュレンは、この日単勝1130円の6番人気に収まった。文字どおりの絶対的本命が不在の中で、この評価は「単穴」というところだろう。確かにメジロデュレンはこの日が重賞初挑戦であり、実績という点では他の有力馬たちに比べて見劣りすることは否めない。しかし、血統的にはフィディオン、リマンドといったスタミナ十分のステイヤーとしての資質を受け継いでいるはずであり、さらに仕上がりも絶好で、かつ、他馬がほとんど経験したことのない淀の3000mという過酷な舞台を、前走の嵐山特別で経験していた。・・・これらは、メジロデュレンにとっての大きなアドバンテージだった。

 スタートでダイナガリバーがゲート入りを嫌がったため、少し予定よりも遅れたものの、それ以上の影響はなかった。しんしんと降りしきる雨の中でゲートが開くと、21頭の強豪たちが戦場へと飛び出していく。

 レースの先手を取ったのは、大方の予想どおりにレジェンドテイオーだった。ただ、長距離の多頭数レースだったうえ、レジェンドテイオーが作ったペースはかなり遅い流れで、先頭から最後方までが間断なく続く非常に難しい展開となった。そして・・・粒の細かい雨が降りしきる不気味な天候のもと、よどんだレースの流れに触発されたかのように、淀に棲むという魔物が、馬ごみの中の有力馬たちへと襲いかかった。

 最初に魔物の犠牲となったのは、4番人気のサニーライトだった。この馬は、もともと春にスプリングS(Gll)を勝った実力馬であり、秋もセントライト記念(Gll)3着、東京新聞杯(Glll)2着と着実に調子を上げ、菊に向けての密かな期待がかけられていた。ところが、当初中団にいたはずのサニーライトが、突然ずるずると後退を始め、あっという間に馬群からはるかに置いていかれてしまった。結局、サニーライト競走中止となった。

 レースの後、サニーライト予後不良となった。故障の原因は、かかり気味だったすぐ後ろの馬が、前を行くサニーライトに近づけて折り合いをつけようとした際に、馬同士の脚が接触したのが原因だった。レースの後の話だが、あまりのことに激怒したサニーライトの担当厩務員が相手の騎手のところへ怒鳴り込み、さらにサニーライトに騎乗していた大塚栄三郎騎手もその某騎手を「アンフェアな騎乗」と強く批判し、ひと騒動が起こっている。

 しかし、淀の魔物はサニーライトを冥界に連れ去っただけでは飽き足らず、1番人気のラグビーボールにも襲いかかった。あまりに遅い展開に焦らされたラグビーボールは、早めに中団から進出しようとしたが、ちょうどその時進行方向を前にいた馬にカットされ、騎手が大きく体勢を崩したのである。こちらは幸い大事には至らなかったものの、勝負にかける意味で大きな不利を受けたことは間違いない事実だった。

 そんな波乱に満ちたレースの中で、スタートからうまく先行集団につけてレースを進めていたメジロデュレンは、道中の不利もなく、人気も薄かったため、余計なことに煩わされることなく、自分自身のレースができていた。混乱する後方をよそに、彼と村本善之騎手は、レースの流れをしっかりとつかんでいた。