『幕は喜劇から上がり』

 続く有馬記念では、もはやメジロデュレンは穴馬ですらない、「その他大勢」の扱いに過ぎなかった。16頭だての10番人気というのは、前年の菊花賞馬に対してはあまりに冷たい評価であり、せいぜい馬場掃除というところである。

 メジロデュレンに失望していたのは、ファンだけではなかった。近走の不振に加えて追い切りでも動きが悪かったことから、馬主サイドからも

「来年の天皇賞に備えて休養させたい」

という要望が池江師に寄せられるほどだった。だが、池江師だけは

「カシオペヤSは久々が堪えただけ。鳴尾記念は重かっただけ。状態は上向き」

と主張し、有馬記念への出走意思を変えようとはしなかった。これでは、客観的に「買えない」馬といわれても仕方がない。

 有馬記念で1番人気に支持されたのは、1歳年下の菊花賞馬・サクラスターオーだった。皐月賞(Gl)を勝った後に脚部不安を発症して長期休養を余儀なくされ、半年後の復帰戦となった菊花賞(Gl)でいきなりの二冠制覇を果たしたこの馬は、ファン投票で堂々の1位を獲得し、菊花賞後は休養にあてるという当初のプランを覆して出走してきていた。調教での動きは極めて悪かったものの、ずっと不安視されていた脚の状態は、デビュー以来最も良い状態となっていたという。

 2番人気には、牝馬ながら毎日王冠(Gll)、京王杯AH(Glll。現京成杯AH)を勝ち、ジャパンCで3着した名牝ダイナアクトレス、3番人気にはこの年のダービー馬メリーナイスの姿があった。4番人気は、これまたこの年の二冠牝馬マックスビューティ・・・。メジロデュレンと同様に、近走は不振のダイナガリバーは5番人気で、充実した4歳馬たちに比べて古馬たちの層が薄いことは否めなかった。ただ、そんな情勢を考えても、前年の菊花賞馬が10番人気というのはあまりに低い評価といわなければならない。

 一歩先が読めないオッズとなった有馬記念は、スタートにおいても波乱含みの幕開けとなった。メリーナイスが、スタートとともに落馬したのである。「強い4歳世代」といわれた強豪の中でも副将格ともいうべき馬が、あっさりと自滅してしまったのである。

 メリーナイスに騎乗していた根本康広騎手は、菊花賞で引っかかって大敗したことへの反省から、この日は手綱を長手綱に持ち替えていた。・・・この工夫が、馬が躓いた時のとっさの反応を妨げ、結果的には仇となってしまった。幸い、根本騎手は軽い脳震盪で済んだものの、騎手がいないカラ馬のままで、馬群の後ろをスタコラサッサと走っていくメリーナイスの様子に、場内は舞い散る馬券と悲鳴、そして失笑が微妙に混ざり合った奇妙な空間を作り出していった。