『解き放たれた後門の狼』

 アイネスフウジンは直線半ばでハクタイセイらを完全に突き放すと、そのまま懸命の逃げこみを図った。競馬四季報でこの年のダービーを見ると、ペースの欄には速くも遅くもないということを示す「M」の文字が不愛想に印刷されている。しかし、それだけではアイネスフウジンの逃げの凄さは伝わらない。レースの最初と向こう正面の第3コーナー手前のペースダウンを除いて正確にほぼ1ハロン12.0秒を正確に刻み続けた結果として、2000m通過地点のタイムは2分00秒5となった。これは、ハクタイセイ皐月賞勝ちタイムよりも1秒以上速い時計である。辛くないはずがない。苦しくないはずがない。それでもアイネスフウジンの脚は止まらなかった。栄光のゴール、ただそれだけを目指して。

 そんな中、ようやく外をついて上がってきたのは、やはりメジロライアンだった。道中自分のペースを守り続けたこの馬の末脚は、やはり最後に炸裂した。メジロライアンに引きずられるように、やはり前半は後方で自分のペースを守っていたホワイトストーン、ツルマルミマタオーも伸びてくる。だが、勢いが違う。

 メジロライアンは、アイネスフウジンに突き放されたハクタイセイを、残り1ハロンを切った時点で一気にかわした。あとはアイネスフウジンただ1頭。世紀の大逃げを打った疾風の逃げ馬アイネスフウジンに対し、ついにそれまで牙を研ぎ続けていた後門の狼が放たれたのである。2頭の差はみるみる間に縮まっていった。