『ある伝説の終わり』

 しかし、この日の有馬記念は、いくつもの予想外の事態がことごとくメジロライアンの脚を引っ張った。レース前にヤエノムテキが放馬したことから発走が遅れた上、本来逃げ馬ではないオサイチジョージが先手を取って、ペースは超スローで流れた。これらは、まだ気性に幼さを残していたメジロライアンにとって、すべてがマイナスに働いた。

 メジロライアンは、ただでさえヤエノムテキの放馬でなかなかゲート入りできずいらいらしていた。それに加えてレースそのものがあまりにゆったりとした展開になったことで、彼は我慢しきれなくなり、すっかり折り合いを欠いてしまったのである。位置どりも上がったり下がったりで、いかにも落ち着きを失っている。メジロライアンより前の好位につけ、乱ペースにもまったく動じることなく追走しているオグリキャップとは天と地の違いだった。

 そして、第4コーナーを回ったところでオグリキャップは敢然と上がっていった。前にいた馬たちを捉え、ついには馬群を抜け出そうとする。メジロライアンは、オグリキャップを捉えようと外から強襲をかけた。また、内ではホワイトストーンももうひと伸び、と粘り込んでいた。

「ライアン! ライアン! 」

 「競馬の神様」とも称された競馬評論家の大川慶次郎氏が解説席で絶叫したその叫びは、そのまま多くのライアンファンたちの心の叫びを代表していた。しかし、そんな叫びをよそに、メジロライアンとホワイトストーンはどうしてもオグリキャップより前に出ることができない。若さというよりは幼さゆえに、この日のアクシデントで落ち着きを失っていた4歳馬たちと違い、老練にして歴戦の名馬オグリキャップは、己を失うことなくレースを進めたメリットを今ここで十二分に生かしていた。成長一途の4歳馬たちは、まるで妖術にでもかけられたかのように、オグリキャップにその末脚を封じ込められていた。

 メジロライアンの父アンバーシャダイは、かつて有馬記念を制している。息子にとってこのレースは、父子二代制覇がかかった大切なレースだった。そしてメジロライアンは、「根性の塊」「闘将」と呼ばれた父がそうだったように、道中で折り合いを欠いてずいぶん無駄な脚を使わせられたにもかかわらず、前を行くオグリキャップに食らいつき、何とか前に出ようという不屈の闘志を見せつけた。ある意味ではこのレースこそが「メジロライアン」というサラブレッドの本質を物語る、ベストレースだったのかも知れない。

 しかし、この日ばかりは運命ともいうべき人外のものが彼の前に立ちはだかった。「競馬の神様」は放送席で彼の名を連呼したが、運命はこのとき神の意思をも超越したのである。運命の恩寵を一身に受けたオグリキャップは、4歳両雄を従えて堂々と最後のゴールに飛び込んだ。1着オグリキャップ、2着メジロライアン、3/4馬身差。無冠の大器の野望を打ち砕くことと引き換えに、この日、競馬界のひとつの神話、オグリキャップの伝説が大団円を迎えた。その一方で、メジロライアンの惜敗の歴史に、また1ページが加えられた。