『逃げられなかった菊花賞』

 検量室へ戻り、ダービー制覇の興奮も覚めやらぬ大西騎手に対し、インタビュアーは早速「秋」のことを尋ねた。秋・・・それはもちろん夢の「三冠」のことである。

 二冠ジョッキーとなった大西騎手は、その質問に対して

「菊も逃げます! 」

と力強く答えた。サニーブライアンと逃げ・・・それは、もはや切っても切り離せないほどに深く結びついたものとなっており、それは舞台が3000mであろうと三冠がかかっていようと、動かせるものではなくなっていた。

 もっとも、皐月賞だけならともかく、ダービーも人気薄での逃げ切りを許してしまった他の馬も、今度こそ黙っているとは思えなかった。サニーブライアンは、いまや堂々たる二冠馬である。皐月賞、ダービーの二冠馬といえば、歴史を振り返っても名馬揃いだが、サニーブライアンは、彼らと対等の資格でそのリストに名を連ねることになった。菊花賞では、おそらく上位人気は間違いない。他の陣営は、「サニーブライアンを倒すこと」を目標にレースを組み立ててくる。その挑戦を退ければ、もはやその実力にけちをつけることは誰にもできない。その意味で、サニーブライアン菊花賞は、彼の正念場であると共に、彼の真価を人々へ知らしめるための絶好の舞台となるはずだった。

 ・・・しかし、彼の逃げが三度(みたび)実現される機会は、ついにやって来なかった。ダービーの数日後、サニーブライアンに骨折が判明し、全治半年と診断された。菊花賞(Gl)前の復帰は、絶望とされていた。三冠を逃げ切る夢は、夢のまま終わったのである。