『皐月賞馬は戦場に還る』

 大西騎手のテンションは、ダービー前日もまったくとどまるところを知らなかった。毎年有力馬の騎手を集めてダービー直前に行われるダービーフェスティバルでも、大西騎手は吹きまくった。大西騎手いわく、

「単騎先行で行きます。どこかでセーフティリードを取ってしまおうかな。とにかく自分の競馬をするだけです」

また、「気になる馬は? 」という問いに対しては

シルクジャスティス。他はないです」

 戦前の評価を見る限り、吹かし過ぎとしか思えないコメントである。しかし、これは案外サニーブライアンの実力を信じ切った彼の本音だったかもしれない。敵がシルクジャスティスだけというコメントは、皐月賞で対戦済みのメジロブライトランニングゲイルといった有力馬たちには負けない、という自信の表れでもあった。・・・そのことを見抜いた人は、ほとんどいなかったが。

 大西騎手の自信を裏付けるように、ダービー当日パドックに姿を見せたサニーブライアンは、完璧に仕上がっていた。わずか2ヶ月前の皐月賞の時には幼さを残しており、しかもその後の中間では順調を欠いたはずの馬とはとても思えない別の馬・・・王者となるにふさわしい風格を備えた馬が、そこにいた。しかし、そんなサニーブライアンを見ても、やはり多くのファンの視線はそれぞれの夢にのみ注がれていた。彼らの目に、王者の姿は、まだ映っていなかった。