『すべてを燃やし』

 道中ずっとマイペースで、それも他の馬に邪魔されることすらなく自らレースを作ってきたサニーブライアンの逃げ脚は、レースが大詰めを迎えても、まったく衰えるところを知らない。第3コーナーを回ったあたりでようやくざわついた雰囲気がスタンドに広がり始め、後続の馬たちもようやく差を詰めにかかった。

 しかし、先頭が第4コーナーを回って直線に入ったところで、スタンドのざわめきは、絶叫へと変わった。そろそろ力尽きて沈んでいくはずのサニーブライアンが、ほとんどムチも入れないまま馬なりで加速し始め、もう一度後続を突き放し始めたのである。ノーマークで逃げた皐月賞馬は、存分に脚をためていた。坂のあたりでようやく大西騎手のムチが入ると、後続との差はあっという間に3、4馬身ぐらいまで拡がっていく。残り200mを切っても、サニーブライアンが止まる気配は、まったくない。

「よしっ! 」

 調教師席に、中尾師の絶叫がこだまする。

 だが、そのまま終わらないのが日本競馬最高のレース・日本ダービーである。サニーブライアンによって完全に出し抜けをくらわされた形となった後続馬たちも、坂を上りきったあたりでようやく追い込んできた。

 6頭が、ほぼ団子状になって、ただ1頭を追い上げる。メジロブライトも、ランニングゲイルも来ている。その中でも、大外の馬の脚色は次元が違い、後続集団から突き抜け、他の5頭を引き連れてサニーブライアンを追いつめる。それは、戦前に大西騎手が恐れたただ1頭の敵、シルクジャスティス藤田伸二騎手だった。

 府中名物の直線の坂を越え、目前に迫る栄光のゴール。その一方で、背後に迫るライバルたちの蹄音。それまで一貫してレースを引っ張ってきたサニーブライアンの脚色にも翳りが見え、後続との差が一気に縮まっていく。それは、二冠を目前にしたサニーブライアンが迎えた胸突き八丁だった。