『すべては彼らのために』

 大西騎手は2番手のフジヤマビザンからセーフティリードを保ったまま、巧みにペースを落としていった。ただでさえ折り合いのつきやすいサニーブライアンなら、この日の道中で、苦しむことは何もなかった。第2コーナーを回って向こう正面に入っても、実に気持ちよさそうに逃げている。

皐月賞よりもっといい手応えだった」

 大西騎手は、そう胸をはる。それでも、サニーブライアンに鈴を付けに行こうとする馬はいなかった。他の騎手たちの目は、あくまでも後ろの馬たちにのみ注がれている。1番人気メジロブライト、2番人気ランニングゲイル、3番人気シルクジャスティス・・・。彼らは、いずれも後方、それもかなり極端な位置からしか競馬を進められない馬たちばかりである。そんな有力馬たちの末脚を活かしてやるために、自分たちから動いてわざわざ前崩れの展開にしてやることはない・・・。そんな彼らの視点からは、先頭を走るただ1頭と1人の姿は完全に消えていた。いや、消されていた。すべては大西騎手の掌の上だった。

 大西騎手の完璧な策略の前に、いつの間にかこの日のダービーは、いつの間にかサニーブライアンが100%実力を発揮できる舞台に整えられていた。いや、それどころか、サニーブライアンのためのダービーになりつつあった。