『逃げて勝機あり』

 ジュニアCを勝ったことで本賞金を大きく上積みしたサニーブライアンは、皐月賞(Gl)、そして日本ダービー(Gl)というクラシック路線を意識して、まず弥生賞(Gll)へと出走することになった。だが、このレースでのサニーブライアンと大西騎手は、スタートで後手を踏んで逃げそこなってしまった。好位から控える競馬となりながら、なんとか3着に入って皐月賞の優先出走権を獲得したサニーブライアンだが、レース内容を見る限り、勝ったランニングゲイルからは1秒以上離されての3着だから、それほど威張れたものではない。これでサニーブライアンの通算成績は、7戦2勝になった。持ち時計も平凡で、クラシックの本命とするには、あまりにもインパクトが弱いといわざるを得なかった。

 また、弥生賞の時点でサニーブライアンに注目していた少数のファンも、なぜか次走として出走した若葉S(OP)で、またもや逃げそこなって1番人気を裏切る4着に敗れると、彼のことを見切っていった。

 さらに、巷では、鞍上についての不安がささやかれ始めた。

「馬はいいにしても、大西では心もとない・・・」

 しかし、サニーブライアンの馬主である宮崎氏には、若葉Sで1番人気を裏切ってしまった大西騎手を乗り替わらせる意思は、全くなかった。

 宮崎氏は、毎年数頭ずつの馬を持たない個人馬主である。この程度の持ち馬しかいない馬主にとって、クラシックレースは、そうそう滅多に出られるものではない。そうであるならば、名の知れた騎手に乗ってもらい、少しでも勝つチャンスを高めたいというのが人情だろう。大西騎手の師である中尾師も、過去に他の馬主との間で何度もそういう経験をしてきたことから、宮崎氏との打ち合わせに際し、大西騎手の乗り替わりを言い出されることを覚悟していたという。

 だが、宮崎氏の反応は、中尾師の予想とはまったく違ったものだった。宮崎氏は、

「大西君にはサニースワローの時から世話になっている。いい馬が来たからといって乗り替わらせるのでは申し訳ない」

と言って、むしろ大西騎手を激励したのである。近年は騎乗馬にあまり恵まれず、前年度の勝利数はわずかに8勝、騎手ランキング111位と低迷していた大西騎手だったが、それだけにそんな自分への温かい激励に感激しないはずがない。

 そして、ここで大西騎手から乗り替わらなかったのは、サニーブライアンにとっては大正解だった。デビュー戦からサニーブライアンに騎乗し続けてきた大西騎手は、弥生賞若葉Sの敗北を通し、サニーブライアンの騎乗のイメージを確固たるものとしつつあったのである。彼は、サニーブライアン弥生賞若葉Sのような好位置に控える競馬には向いていないと気が付いた。サニーブライアンは、自ら逃げてレースを支配することで、自分自身の勝機を切り拓いていくタイプの馬なのではないか。大西騎手の中では、自分が大舞台でとるべき作戦が、徐々に形となりつつあった。