『思いがけぬ作戦』

 ウイニングチケット弥生賞優勝後、その調整は至極順調に進み、いよいよクラシック本番の開幕を告げる皐月賞(Gl)を迎えることになった。

 皐月賞を見守るファンは、ホープフルS弥生賞と中山2000mのレースで、柴田騎手とともに豪快な差し切りで連勝してきたウイニングチケットに夢を賭けた。ウイニングチケット単勝オッズは200円で、ライバルのビワハヤヒデを抑え、堂々の1番人気に支持されたのである。彼を支持したファンの望みは、最後方から豪快に追い込むという弥生賞のレースを、皐月賞でも再現することだった。

 しかし、ウイニングチケットの鞍上にいる柴田騎手は、ファンとはまったく別のことを考えていた。彼にはそれまでのレース、特に弥生賞は、たまたま前が激しい流れ、乱ペースになったことから、やむを得ず最後方につける形になったという意識があった。最大のライバルであるビワハヤヒデとの関係でも、常に好位からレースを進められるビワハヤヒデに対して展開次第、能力任せの直線一気の競馬に賭けるのは、あまりにも運否天賦の無謀な賭けである。ウイニングチケットの本質からしても、中団から差す競馬をするのが一番いい、というのが柴田騎手の思いだった。

 この日の柴田騎手は、ウイニングチケットをいつもより前の位置となる中団で、ビワハヤヒデを見ながらの競馬をした。予期せぬウイニングチケットの作戦にファンは戸惑い、かすかなどよめきを見せた。

 スタンドの戸惑いに満ちた雰囲気をよそに、レースのボルテージは徐々に高まっていった。ウイニングチケットは、中団から道中でも徐々に進出を開始した。第4コーナーあたりで早くもビワハヤヒデに並びかけようという勢いのウイニングチケットに、ファンはウイニングチケット弥生賞で見せた豪脚の再現に期待をかけた。直線に入って逃げていたアンバーライオンが一杯になると、それに続く馬たちが一斉に横に広がった。それからは、ウイニングチケットの時間となるはずだった。