『視界不良』

 ところが、ウイニングチケットはこのレースで、思わぬ苦戦を強いられた。ダービーの時のような精彩を欠くウイニングチケットは、道中でいったん進出を開始しながら、下り坂で再び後退する・・・そんなちぐはぐなレースをしてしまった。ウイニングチケットが伸びてきた残り1ハロン地点で、彼と逃げるマイヨジョンヌとの間はまだ4、5馬身差がついており、逆転は絶望的に見えた。

 最後にはなんとかクビ差逆転し、ダービー馬の面目は保ったウイニングチケットだったが、レース内容は大いに不満の残るものだった。一般のファンは

「もの凄い末脚だった。さすがはダービー馬だ」
「絶望的に見えても最後はきっちり差し切るあたり、やはり競馬が分かっている」

と好意的に受け止めてくれたが、伊藤師や柴田騎手は知っていた。この日の勝利は、たまたまマイヨジョンヌが止まってくれたから拾った勝利である。相手がビワハヤヒデならば、そんなところで止まってくれるはずはない・・・。夏を越した2頭のライバル同士の始動戦は、非常に対照的なものとなってしまった。

 ただ、ウイニングチケット好材料があるとすれば、それはウイニングチケットが放牧明けであり、夏もみっちりと鍛えられてきたビワハヤヒデと違って仕上がり途上段階でのレースだったことである。ウイニングチケットはダービー馬であり、休み明けを一つ叩いたことで大きく変わってくることが期待された。菊花賞を前にした追い切りでも、ウイニングチケットにはようやく気合いが乗り、走りにも迫力が戻ってきたように見えた。

 しかし、ウイニングチケットの仕上がりを見つめる伊藤師の表情は、渋いものだった。ダービー前には皐月賞での敗北にも関わらず悠然と構え、余裕すら感じさせた伊藤師だったが、今度は京都新聞杯を勝ってきたにもかかわらず、そのような雰囲気は全くなかった。

 このころ、ライバルのビワハヤヒデの陣営からは、浜田師が

「完璧。これで負けるようだったらどうしようもない」

などとという景気のいい発言がぽんぽん飛び出し、菊花賞が近づくにつれてボルテージは上がる一方だった。ウイニングチケット陣営とビワハヤヒデ陣営・・・その雰囲気の違いは、そのまま菊花賞へ向けたそれぞれの手応えの違いを反映していたのかもしれない。