『死闘』

 直線入口を見事な形で乗り切った柴田騎手は、外へ持ち出したビワハヤヒデが苦しむのを見て、早くも勝負どころと見切り、出し抜けを食わすようにムチを飛ばした。柴田騎手の水車ムチに応え、ウイニングチケットも一気に前に出る。その時点で彼より前にいた馬はもう一杯になっており、ウイニングチケットがいずれ先頭に立つことは、もはや明らかだった。問題は、そのままゴールまで粘りきれるのかどうかである。第4コーナー付近での仕掛けは、直線の長い府中では、早すぎる仕掛けとなりかねない。

 しかし、この日の柴田騎手に不安はなかった。ウイニングチケットならば、押し切れる。彼には、確信があった。柴田騎手の信頼と闘志はムチを通して馬に伝わり、馬もそれに応えて己の限界に挑んだ。ウイニングチケットは、前を行く馬たちをやすやすかわすと、先頭に立ったのである。

 そんなウイニングチケットをめがけて、馬群の中から突き抜けてくる馬も現れた。一度外へ持ち出した際に大きな不利を受けながら、もう一度内側に戻って突っ込んできたビワハヤヒデが、不屈の闘志で末脚を伸ばしてきたのである。第4コーナーでの位置どりのロスなど感じさせない絶好の気配は、これまで万全の競馬を進めてきたウイニングチケットにまったくひけをとらないものだった。

 さらに、外からはもう1頭、後方からビワハヤヒデ以上の脚で飛んできた馬がいた。皐月賞馬のナリタタイシンである。武騎手が府中の長い直線、そして馬の実力を信じて末脚勝負に賭けたその作戦は、皐月賞馬から皐月賞の時と同じ、否、皐月賞の時を上回る、まさに「鬼脚」というにふさわしい斬れ味を引き出していた。

 先頭では、相変わらずウイニングチケットが逃げ粘っていた。だが、そんなウイニングチケットに対し、内からはビワハヤヒデが並びかけ、さらに外からは、ナリタタイシンの気配が迫っていた。第60回日本ダービーで「三強」といわれた彼らの揃い踏みである。