『明暗』

 2人の名手が最終的に決断したのは、いずれもレースが最高潮を迎える第4コーナー手前でのことだった。だが、その内容は対照的なものとなった。先を往く岡部騎手が、不利を避けるために第4コーナーでビワハヤヒデを外に持ち出したのに対し、柴田騎手は、ビワハヤヒデが外へ持ち出したことでぽっかりと空白になった空間へ、ウイニングチケットとともに突っ込んでいったのである。

 彼らの選択は、岡部騎手ではなく柴田騎手に吉と出た。彼らが決断を下したのとほぼ時を同じくして、彼らのさらに前では、ドージマムテキが馬場の良い所を通ろうとして、馬場状態の悪い内ラチ沿いから外へと持ち出していた。すると、他の馬もつられて外へ持ち出す形になったため、ウイニングチケットの前が、ちょうどエアポケットのようにぽっかりと開いたのである。

 この絶好機を見逃す柴田騎手ではなかった。本来この道は、ビワハヤヒデのために開くはずの空間だった。それが今は、彼らの前にある。堅く閉ざされていたかに見えた馬の壁に開いた彼らのための道は、彼らにとっては出エジプトの際にモーゼの前に開いた海のような奇跡だった。栄光へと誘う勝利への一本道を衝いたウイニングチケットは、直線へ、そして悲願へとなだれ込んでいった。

 その一方で、安全策を採ったはずのビワハヤヒデは、ドージマムテキのアオリを受ける形となり、前が窮屈になる形となった。ウイニングチケットは、ここで宿敵ビワハヤヒデに、初めて一歩先んじたのである。