『未知に挑むため』

 いくら荻野師に自信があっても、デビューの時期が時期だけに、ヤエノムテキ皐月賞に間に合わせるためにはや一刻の猶予もならない。しかし、いったんデビューすると、ヤエノムテキの才能が開花するのは早かった。デビュー戦で2着に7馬身差をつけて初勝利を飾ったヤエノムテキは、続く沈丁花賞(400万下)ではさらに着差を広げ、12馬身差の圧勝を遂げた。2戦とも西浦騎手が直線でろくに追うこともなく後続を一方的に引き離したもので、そのレース内容は圧巻だった。

 ただ、ヤエノムテキが勝った2戦は、いずれもダート戦だった。そのため一部では、ヤエノムテキの勝利は実力よりダート適性によるものである、と指摘もされたが、荻野師にしても西浦騎手にしてもそうは考えなかった。ヤエノムテキが後続につけた7馬身、12馬身という着差は、ダート適性を超えた絶対能力の差がなければとてもつけられないはずである。西浦騎手は、ヤエノムテキについて

「想像していたよりはるかに強い。さすが『クラシックに間に合う』というだけのことはある」

と感心していたし、荻野師もまた、ヤエノムテキをクラシック、特に皐月賞(Gl)に間に合わせたいという思いを、さらに強めていった。無論身内のひいき目はあるにしても、出ることさえできれば、そう無様な競馬はしないだろう。うまくすれば、5着に入って日本ダービー(Gl)への優先出走権を拾ってくれるのではないか・・・。

 そうとは言っても、2戦2勝のヤエノムテキの場合、皐月賞に登録したとしても、出走の可否が抽選頼みになることは確実な情勢だった。優先出走権を得るためのトライアルに向かおうにも、皐月賞トライアルの弥生賞(Gll)、スプリングS(Gll)は既に終わっている。

 荻野師は、重賞で2着以内に入ることによって、本賞金を加算する道を選んだ。ヤエノムテキは、沈丁花賞から連闘で、毎日杯(Glll)へと臨むことになった。