『気性難』

 こうして生まれたレガシーワールドだったが、彼には両親から受け継いだ致命的な欠陥があった。それは、気性難である。

 レガシーワールドの父であるモガミは、三冠牝馬メジロラモーヌやダービー馬シリウスシンボリを出した名種牡馬である。このほかにも障害で一時代を築いたシンボリクリエンスメジロマスキットらも出しているように、スタミナと成長力に富む産駒を出すのが特徴とされていた。しかし、モガミ産駒は能力はあるものの、気性難という意味でもまた群を抜いていた。さきに挙げた代表産駒たちはいずれもその激しい気性を勝負根性、底力に変えて活躍することができたが、その気性が荒すぎるあまり、自分自身すらコントロールできなくなり、持てる能力の半分も出せないまま消えていった素質馬は、もっと多かった。

「モガミといえば気性難、気性難といえばモガミ」

とまでいわれたモガミ産駒にとって、その気性は諸刃の剣だった。また、母のドンナリディアも前述のように気性難が原因で骨折してしまい、ついにデビューできなかったという馬である。

 こんな馬たちを両親に持っているのだから、レガシーワールドについても気性が良かろうはずがない。へいはた牧場の人々も、父と母の気性が気性だけに、この点についてはおおいに心配していた。しかし、 牧場の人々の心配をよそに、レガシーワールドは最初、それほどの気の悪さを見せなかった。

 そんなレガシーワールドは、やがて「鍛えて強い馬を作る」ことで有名な戸山為夫厩舎に入ることになった。幣旗氏の息子は、一時期戸山厩舎で調教助手をつとめており、幣旗氏と戸山師とは、もともと旧知の関係にあった。その縁で牧場にやってきては馬を見ていくようになった戸山師が、この年はレガシーワールドに目をつけたのである。

 それまでレガシーワールドは、へいはた牧場でもそれほどの期待馬とはいえない存在だった。しかし、戸山師ほどの名伯楽の目にとまったとなれば、話は別である。戸山師や、戸山厩舎の事実上の番頭格を勤めていた森秀行調教助手(現調教師)は、早い時期から

「この馬は走るよ」

と断言していたため、レガシーワールドの関係者たちはみな、この馬のデビューを楽しみにするようになった。

 しかし、戸山厩舎に入厩したレガシーワールドは、このころから牧場では考えられなかったほどの気の悪さを見せるようになり始めた。両親の狂気の血は、やはりレガシーワールドの中にも流れていたのである。レガシーワールドは人間の指示を素直に聞かず、すぐに他の人や馬を威嚇するため、その扱いにはてこずらされた。

 また、レガシーワールドは、気性難と同時に、大のゲート下手だった。レースに出てきたと思ったら出遅れに次ぐ出遅れを繰り返してしまったのである。ひどい時には、10馬身の出遅れを平気でやった。結局レガシーワールドの3歳時は、実力をまったく出し切れないまま5戦未勝利に終わった。しかも、その後には骨折まで発覚し、長期休養を強いられるはめになった。

 そこで、戸山師はレガシーワールドに対して思い切った荒療治に出ることにした。骨折による休養期間を利用して、去勢手術を行ったのである。

 もともと戸山師は、スパルタ調教のみでなく去勢に積極的な調教師としても知られていた。

「馬がかわいそうだ」

という批判に対しては、

「せっかくの素質馬をあたら腐らせるのでは、それこそ馬がかわいそうだ」

と激しく反発した。戸山師を一代の名伯楽たらしめたのは、その卓越した相馬眼と、馬に対する徹底した信念だった。

 かくしてレガシーワールドが7ヶ月ぶりにターフに帰ってきたとき、彼の性別は、「牡」から「セン」へと変わっていた。