『名伯楽の条件』

 最初、トニービンパワフルレディとの間に生まれたウイニングチケットは、「鹿のような」線の細い馬格しかなかったため、牧場の人々をがっかりさせた。しかし、そんな華奢な子馬の資質を誰よりも早く見抜いた男がいた。それは、馬の出産シーズンを迎え、少しでも多くの生まれたばかりの当歳馬を見てその資質を見極めるため、北海道を飛び回っていた伊藤雄二調教師だった。

 伊藤師によれば、馬の資質を図る上で重要なのは、生まれた直後の立ち姿であるとのことである。生まれた直後の姿こそがその馬の持って生まれた素質を最も素直に反映している、というのが伊藤師の考え方であり、ゆえに伊藤師は、少しでもいい馬を確保するため、このシーズンは神出鬼没で様々な馬産地を歩き回る。そんな伊藤師が藤原牧場へとやってきたのは、ウイニングチケットが生まれた3日後のことだった。

 伊藤師は、生まれたばかりのウイニングチケットの様子をかなり長い間つぶさに見ていたかと思うと、やがて何も言わずに栗東の伊藤厩舎へと帰ってしまった。しばらくして伊藤師が再び藤原牧場にやって来た時には、もうウイニングチケットを厩舎に迎え入れるための手配が何もかも終わっていたという。

 当時、トニービンの産駒は海のものとも山のものとも知れないため、初年度産駒は入れる気がなかったという伊藤師だが、ウイニングチケットを見た瞬間

「この馬は走る! 」

という直感が走ったという。伊藤師とウイニングチケットがここで出会ったことにより、ウイニングチケットの競走馬としての運命は、大きく動き始めた。