『眠れる名血』

 ウイニングチケットは、過去にサクラユタカオーサクラスターオーなど多くの名馬を生産した歴史を持つ静内の名門牧場・藤原牧場で生まれた。その血統は、父が凱旋門賞トニービン、母が未出走馬パワフルレディというものである。

 ウイニングチケットが出現するまでの間、繁殖牝馬としてのパワフルレディの成績は、決して芳しいものではなかった。マルゼンスキーの娘であり、名牝スターロッチ系の末裔・・・という血統背景自体は魅力的なものだったが、問題は肝心の産駒成績である。ウイニングチケットの兄姉たちにはろくな成績を残した馬がおらず、中には「尻尾がない馬」までいた。

 しかし、藤原牧場の人々は、毎年期待を裏切り続けるパワフルレディとその子供たちを見ながら、

「こんな筈はないのに・・・」

と思い続けていた。パワフルレディの血統、そして彼女自身に眠っている底力を引き出せないのはなぜなのか、どうすればそれらを引き出すことができるのかを、懸命に分析してみた。

 そして藤原牧場の人々がたどり着いた結論は、それまで体の柔らかそうな種牡馬ばかりと交配していたことがいけなかったのではないか、というものだった。パワフルレディ自身はたいへん柔らかい体を持っており、藤原牧場では、その長所をさらに伸ばそうとして、それまでは、やはり体の柔らかい種牡馬ばかりを交配していた。だが、実際に生まれてくるのは体が柔らかいというよりは、競走馬としての丈夫さ、頑丈さに欠ける子供たちばかりだった。そこで一念発起した藤原牧場の人々は、それまでの配合とは反対に、体が堅いタイプの種牡馬を付けてみることにした。

 パワフルレディの新しい配合相手として選ばれたのは、社台ファームがポスト・ノーザンテーストの担い手として輸入したばかりの新種牡馬トニービンだった。トニービンは、欧州競馬の最高峰である凱旋門賞(国際Gl)を勝った名馬である。トニービンは、引退前にジャパンC(国際Gl)に出走して敗れているが、藤原牧場の当主である藤原悟郎さんはその際、パドックトニービンの馬体の素晴らしさに目を引かれ、シンジケートに加入していたのである。