『帝王の伝説』

 この年の皐月賞馬となったトウカイテイオーは、日本競馬史上唯一、不敗のままクラシック三冠を達成したシンボリルドルフの初年度産駒だった。シンボリルドルフは通算16戦13勝2着1回3着1回、レース中の故障に泣いた海外での1戦を除くと、ほぼ完璧な成績を残した。また、クラシック三冠、有馬記念(Gl)連覇をはじめ、国内の主要レースをほぼ総なめにした彼は、あまりの強さゆえに「絶対皇帝」とまで謳われた。この馬こそが、日本競馬が誇る名馬の中の名馬である。

 そんな偉大な父の血を引くトウカイテイオーは、さらに牝系についても劇的なドラマがあった。トウカイテイオーの牝系を溯ると、下総御料牧場が1931年に輸入した星友にいきつく。下総御料牧場といえば、戦前にレオダーバンの牝系の出自たる小岩井農場と覇を競った馬産界の両巨頭の一角である。

 星友から始まった一族は、牝馬ながらにダービーを制しながら、最後は競馬場の片隅で斃死した悲運の名牝ヒサトモの物語などを経て、一度は滅びたものと思われていた。・・・だが、そんな一族の血は、いくつもの悲運と試練を経て現代に蘇った。それが、ヒサトモを牝祖に持つトウカイテイオーだった。

 血統という意味ならば、レオダーバンのそれも、決して無味のものではない。だが、ことトウカイテイオーと比べた場合、あまりにも相手が悪かった。父のマルゼンスキーの場合、規則によってとはいえ、クラシック三冠という、多くの最強馬たちを生み出した物語から閉め出されてしまった弱みがあった。彼は朝日杯3歳S以外では本当の意味での一線級との戦いを経験することができなかった彼の強さを語るためには、いくつかの「たられば」の世界・・・現実ならざる想像をまじえなければならない。その点シンボリルドルフは、現実に三冠を勝ったばかりでなく、上の世代も下の世代も完膚なきまでに叩き潰している。その意味で、マルゼンスキーシンボリルドルフには及ばないといわなければならない。また、レオダーバンに至るまでの母系も、堅実だが華やかさを欠く物語しか重ねていない。動乱と悲運の中での浮沈を繰り返したトウカイテイオーの一族とは、歩んできた歴史自体が異なっていた。

 あまりに対照的な血を持つトウカイテイオーは、かつて父に完膚なきまでに叩き潰された三冠馬ミスターシービーの子であるシャコーグレイドの必死の追撃をものともせず、5連勝で一冠を奪取した。危なげのないその勝ち方は、まるで

「皇帝を超える馬は、皇帝の子しかいない」

といわんばかりだった。

 だが、単なる2勝馬に過ぎないレオダーバンは、トウカイテイオーの道を阻むことはおろか、同じ舞台に立つことすら許されなかった。彼にできることは、ただ指をくわえて見ていることだけだった。