『プレクラスニー逃切』

 ウイニング・ランを終えて検量室へと戻っていった武騎手を迎えたのは、他の騎手たちによる凄まじい抗議と叱責・・・否、罵声と怒号だった。彼らがスタート直後の第2コーナーで大きく外から内へと切れ込んだ際に、他の馬たちの進路を妨害したというのである。パトロールフィルムを目にした武騎手の表情からも、血の気が引いた。この時既に、審議はきわめて深刻な段階に入っていた。

 天皇賞史上最大の大逆転劇は、ゴールから約15分後に完結した。メジロマックイーンプレジデントシチーの進路妨害により、18着降着。・・・そして、勝者に与えられる盾と名誉はメジロマックイーンの手から奪われ、2着で入線したプレクラスニーへと与えられることになった。こうしてプレクラスニーは、突如勝者の地位へと転がり上がったのである。

 パトロールフィルムを確認すると、第2コーナーのメジロマックイーンが内へ切れ込んだところで、馬群が異常なまでに混乱していた。中でもプレジデントシチーは、落馬寸前になっているのが一見して分かるほどだった。メジロマックーンの18着降着はやむを得ないと思われる。降着制度は当時始まったばかりで、この古馬最高のレースが適用第1号となった。だが、降着はもちろんのこと、天皇賞史上、1着で入線した馬が失格となった例もなく、繰り上がり優勝は初めてのことだった。

 この日の天皇賞・秋の記録に記されたのは「プレクラスニー逃切」というものだった。秋の天皇賞が2000mに短縮されて以来、逃げ切り勝ちを納めたのはわずかに2頭で、プレクラスニーの他にはニッポーテイオーがいるのみである。