『謎の馬』

 ジャパンC(Gl)の4着敗退で瞬発力不足が指摘されていたメジロマックイーンだったが、この日の脚色は違っていた。懸命に逃げ込みを図るプレクラスニーも、中山直線の急坂、通称「地獄の壁」でついに脚が止まる。

メジロマックイーンにだけは負けられない、負けたくない」

 前走の天皇賞・秋で、6馬身差をつけられての2着に入線ながら、1着入線のメジロマックイーン降着処分を受けたことで「天皇賞勝ち馬」とされる「屈辱」にさいなまれた江田騎手の心の叫びもむなしく、力尽きた秋の天皇賞馬に、現役最強馬が満を持して襲いかかった。

「差せる!」

 誰もがそう感じていた。しかし、先頭の攻防に見入っていた人々の視界に、その時メジロマックイーンでもプレクラスニーでもない1頭の鹿毛馬が割り込んできた。

「あの馬は、何だ!?」

 彼は、そんな問いには答えない。ただ、最内から1頭だけで馬群を突き抜けてくるのみである。そして、その弾丸のような伸びは、プレクラスニーはもちろんのこと、メジロマックイーンをもはるかに凌駕していた。

 黄色い帽子に操られたその馬は、抵抗するプレクラスニーをいとも簡単にかわして先頭に踊り出た。プレクラスニーをかわして悠然と先頭に立つはずだったメジロマックイーンは、思いがけず現れた刺客に完全に足元をすくわれた形になった。何とか態勢を立て直し、もう一度その馬をとらえようと懸命に追い込むが、脚色の違いは歴然としている。まったく届きそうにない。

 あっという間に突き抜けた鹿毛の馬は、後続を突き放すと、みるみるうちにセーフティリードを形成していった。大観衆の驚愕の中、謎の馬はそのままゴールを駆け抜けた・・・。