『ウイニング・ラン』

 メジロマックイーンは、後続に圧倒的な着差をつけて、ただ1頭ゴール板に飛び込んだ。その差、実に6馬身。圧勝だった。誰もが天皇賞春秋連覇の偉業の達成を信じた。若き天才武豊は「ウイニング・ラン」を終えると、12万大観衆の歓声にガッツポーズで応え、ゴーグルをスタンドに投げ入れるほどの興奮ぶりである。

 一方プレクラスニーは、初めて経験する不良馬場で、最後はすっかり脚が上がっていた。しかし、彼はそれでも、追ってきたカリブソング以下を3/4馬身抑え、2着で入線した。

 メジロマックイーンと武騎手が大観衆の祝福と賞賛を一身に集めるその最中、歓声も雨の音に消される向こう正面で、江田照男騎手は、静かにプレクラスニーから下馬していた。彼の愛馬は、苦手な不良馬場の激闘ですべての力を出し尽くし、跛行を生じていたのである。「勝者」と「敗者」のコントラストがかくも鮮明に浮き彫りになった光景も、そう滅多にあるものではない。だが、一緒に前でメジロマックイーンと戦おうとしたホワイトストーンが掲示板にすら残れなかったことを考えると、プレクラスニーの不屈の精神は称えられるに値するものだった。ただ惜しむらくは、勝った馬が強すぎた・・・。江田騎手の胸に去来するのも、敗れた無念さではなく、力を出し切ったことに対する満足感だった。

 ・・・だが、この時12万観衆のほとんど、そして当事者である騎手たち自身さえも、着順掲示板に灯る「審」のランプの意味に気付いてはいなかった。それは、15分後に起こる天皇賞史上最大の逆転劇の予兆だったにも関わらず。その大逆転劇は、この時既に始まっていた。