『油断めさるな』

 ゲートが開いて、大外からは、サニーブライアンと大西騎手とがするすると上がっていった。そうすると、他の馬たちは、別に競りかけることもなく先頭を譲る。あるいは先手をとりにいくかと思われていたサイレンススズカも、馬は行く気満々なのに、上村洋行騎手が懸命に手綱を抑えている。その光景は、まるで大西騎手とサニーブライアンの「絶対逃げる」という気迫に気圧されているかのようだった。

 府中のスタンドは、皐月賞馬の逃げにどっと沸いた。もっとも、直接の戦場から少し離れたスタンドにいるファンのところまでは、サニーブライアンと大西騎手の気迫は十分伝わらない。ファンの様子は、沸いたというよりは、むしろ「面白いものを見た」と喜んでいる感じである。彼らの多くは、「皐月賞馬が、勝った皐月賞と同じ戦法をとっている」とは考えていなかった。

 ある番組で実況をしていた某名物アナウンサーは

「おのおの方、油断めさるな、逃げているのは皐月賞馬だ」

と伝えた。「おのおの方」といわれた人々は、そのほとんどが油断しきっていた。