『一代の名馬』

 去勢するということは、その馬の関係者にとっては大きなリスクを伴う。シャドーロールやプリンカーのような矯正器具と違って、去勢手術はいったん施してしまうと、もはや取り返しがつかない。牡馬が活躍すれば引退後も種牡馬としての価値があり、高額のシンジケートが組まれる可能性もあるが、セン馬の場合は当然その時点で種牡馬としての道も断たれてしまう。さらに、セン馬には、クラシックや天皇賞への出走の道も閉ざされている。それでは夢もないし金にもならない。そもそも情の上からかわいそうだ・・・。

 ということかどうかは知らないが、日本では海外に比べてセン馬が少ないといわれている。これまでの日本競馬界ではセン馬の活躍自体が少なかったし、仮にセン馬が活躍しても、関係者は逆に「もったいないことをして」と馬鹿にされるという事情もあったことからすれば、そのこともやむを得ない。

 しかし、日本においてセン馬の活躍が少ないのは、クラシックや盾から閉め出されて活躍の場自体が限定されていることにも原因がある。また、セン馬が活躍すると馬鹿にされるというのも妙な話である。去勢をしないまま下級条件をうろうろしていたとしたら、そんな馬が種牡馬になったりダービーに出たりすることもなかっただろうから。

 そして、最近はセン馬が大レースを勝つケースも出てきた。1993、94年と2年続けてジャパンC(国際Gl)で日本のセン馬が優勝したのである。かくして去勢手術の有用性が見直されたのだろうか、日本でも少しずつセン馬の割合は増えているとのことである。海外では元世界賞金王のジョンヘンリーに代表されるように、セン馬の活躍馬も多い。日本競馬は、この方面でも少しずつ本場に近づいているのだろうか。

 レガシーワールドは、1993年(平成5年)にジャパンCを制したセン馬である。この馬が「セン馬」の地位向上並びに普及に果たした役割は大きいといえよう。それまでにジャパンCを勝った日本馬はカツラギエースシンボリルドルフトウカイテイオーの3頭のみだった。レガシーワールドは、セン馬として初めてこれらの名馬たちに名を連ねたのである。この業績は、まさに「一代の名馬」というに相応しい。