『迫り来る影』

 スタート当初は中団からの競馬になったドクタースパートだったが、この日は徐々に前方へ進出を開始していった。この大切なレースで、最悪の馬場状態は、ドクタースパートに味方していた。サクラホクトオーをはじめとする他の馬たちは、馬場を苦にしてなかなかスムーズに走れない。スムーズに走れなければ、戦意も大幅にそがれる。道悪を苦にしないことは、それだけでドクタースパートに大きなアドバンテージを与えた。重馬場の鬼という意味では弥生賞を大差勝ちしたレインボーアンバーも同じだったが、出走してきていれば最大のライバルとなったであろうこの馬は、脚部不安で戦線を離脱しており、出走馬の中に名前を連ねることができなかった。

 ドクタースパートは、第4コーナーで5番手の位置まで押し上げてきていた。皐月賞はいよいよクライマックスの直線を迎え、彼を応援する人々の熱狂も頂点に達しようとしていた。

 鞍上の的場騎手は、ドクタースパートの手綱にはっきりとした手ごたえを感じていた。

「この位置からなら、十分差し切れる!」

 当時はクラシック未勝利だった的場騎手だったが、この時、夢を大きく手元に引き寄せる感触を感じていた。

 直線に入ったドクタースパートは、前の馬を次々にかわして先頭に立った。・・・だが、ゴール前になって、的場騎手は後ろから、ドクタースパート以外にもう1頭、強襲をかけてきた馬がいる気配を感じとった。その背中には、他の馬とは脚色が違った気配がびんびんと感じられてくる。

「サクラが来たのか!?」

 的場騎手の脳裏をよぎったのは、内心で最も警戒していた1番人気の馬の名前だった。的場騎手の胸に、不安と恐怖がよぎった―。