『風雲急』

 その後のハクタイセイは、皐月賞(Gl)を目指す有力馬が普通なら出走する弥生賞(Gll)、スプリングS(Gll)といった皐月賞トライアルを無視して、本番へと直行することになった。もともと5勝を挙げているハクタイセイは本賞金を十分すぎるほど稼いでいるから、トライアルで出走権を無理して取りに行く必要はなかった。また、ハクタイセイは意外に食が細いうえに牝馬のようにデリケートなところがあったため、本番を控えて無理をさせないことにしたのである。布施調教師はこの時、既にバンブーアトラスでダービーを、バンブービギン菊花賞を制していた。当時としては史上7人目となる三冠調教師を目指し、ハクタイセイの調整に余念はなかった。

 ハクタイセイがいない弥生賞では、関東の大器メジロライアンが鮮烈な差し切り勝ちを収めてクラシックの主役の座を当確にした。もともと気の早い一部の愛好家の間では、前年末ころから「三冠馬の誕生も近い」と絶賛されるほどに人気があったメジロライアンだったが、目下の敵であるアイネスフウジンを破っての弥生賞制覇は、その声に応えるに値するものだった。一方、ここで4着に敗れたアイネスフウジンはやや評価を下げたものの、やはりクラシック候補の座に揺るぎはなかった。

 スプリングS組からはそれほどの大物は現れなかったため、ハクタイセイの評価はメジロライアンアイネスフウジンに次ぐ3番手、というところに落ち着いた。もちろんハイセイコーの現役時代を知るオールドファンの期待を集めてはいたが、それではあまりに露骨で気が引けたのか、多くは心密かに応援する、といったところにとどまっていたようである。