『夢再び』

 ハクタイセイメジロライアンアイネスフウジンの「三強対決」が注目された皐月賞は、1990年(平成2年)4月15日、中山競馬場で戦いの火蓋が切って落とされた。この日、レース前に誰もが逃げると予想していたのは1番人気のアイネスフウジンだったが、予想と異なり、先頭を切ったのはフタバアサカゼというしんがり人気の馬だった。勝つために逃げるアイネスフウジンと異なり、こちらはもともと勝算が乏しい、玉砕覚悟で打った大逃げである。アイネスフウジンはというと、スタート時に隣のホワイトストーンが右側へ斜行して騎手が大きくバランスを崩すアクシデントに巻き込まれ、不本意にも2番手を行く形になっていた。

 アイネスフウジン以外はというと、ハクタイセイが好位につけ、メジロライアンが後方待機という、ほぼ予想通りの展開となっていた。アイネスフウジンの前に1頭いることだけが予想外だった。

 しかし、しょせんフタバアサカゼの逃げは一攫千金狙いの大ばくちだった。大ばくちとは、負ける可能性のほうが圧倒的に高いからこそ大ばくちという。案の定フタバアサカゼは、第3コーナー辺りで早くも限界に達した。フタバアサカゼをとらえたアイネスフウジンは、第4コーナー付近で軽く先頭に立つと、そのまま逃げ込みを図った。結局フタバアサカゼの玉砕的逃げは大勢に影響を与えることなく、直線では逃げるアイネスフウジンと、それをとらえにかかる後続陣という、予想通りの展開となった。

 アイネスフウジンとは、強い逃げ馬の定石通り、絶対的なスピードだけでなく直線での粘り強さをも備えていた。直線の坂を駆け上り、残り100m地点に達しても、なかなか先頭を譲らない。しかし、それを追いつめるかの如く馬群の真ん中を割って一頭の芦毛が飛び出してきた。それが、ハクタイセイだった。

 ハクタイセイアイネスフウジンを追いかける一完歩、一完歩ごとに、2頭の差は縮まっていった。しかし、アイネスフウジンもあっさりと譲りはしない。両馬の死闘はゴール板まで続き、ほんのクビ差だけハクタイセイが前に出たところがゴールだった。この瞬間、「怪物2世」は6連勝で皐月賞を制したのである。

 2番人気のメジロライアンは、最後に追い込んできたものの前には届かず、3着にとどまった。この後、幾度となく繰り返されてはファンを涙に暮れさせたメジロライアンの光景は、ここに始まったのである。それはさておき、ハイセイコーの息子、「白いハイセイコー」は死闘を制し、見事父子二代の皐月賞制覇を果たした。

 この時ハイセイコー種牡馬生活を送っていた新冠の明和牧場には、全国のファンから祝福の電話が殺到した。ハイセイコーは、その死に至るまでの間人気は衰えることなく、誕生日には全国から花束や人参などのプレゼントが贈られてきたという。だが、この時の祝福は、それらを軽く凌駕していた。ハイセイコーの闘志を受け継いで、死闘を制した白いハイセイコーの夢に、全国の競馬ファンは酔ったのである。