『天皇賞馬の異変』

 伊達氏らが見守る中で、パーシャンボーイとその他16頭の宝塚記念は始まった。スタートしてすぐに先頭を奪ったのは、大方の予想どおり、ヤマノスキーとなった。ヤマノスキーは、当時の大レースでは必ず先導役を務めて、最後に失速するという役回りを演じる個性派で、引退後は種牡馬として韓国へ輸出され、現地で客死する数奇な運命を歩んだ馬である。これを追いかけてスズタカヒーローが2番手に食いついていったが、続く者はいない。その結果、この2頭が後続を大きく引き離して逃げる結果となった。

 前の2頭からかなり離れた馬群の先頭には、早くもクシロキングの姿があった。天皇賞・春(Gl)では後方からのマクリを決めたクシロキングだったが、それは中距離馬のクシロキングで長距離の天皇賞・春を勝つために岡部騎手がかけた奇襲にすぎない。この馬の本来の競馬は、先行好位から抜け出すレースだった。

 本来の戦法に戻したクシロキングに対し、馬群の前方にとりついた馬たちは、それぞれがクシロキングをマークしながら、淡々と競馬を進めていった。パーシャンボーイの柴田騎手も、この日の最大の敵をクシロキングとみて、ライバルの直後につけ、そこから様子を窺っていた。一方、末脚勝負のスダホークは、いつものように最後尾をトコトコとついていく形となった。

 しかし、この日パーシャンボーイに騎乗していた柴田政人騎手は、第3コーナー付近で、クシロキングの様子がおかしいことに気がついた。ヤマノスキーが作り出したペースはそれほど速いものではなかったし、後続は、速くもない先頭からさらに離れたところを追走しているに過ぎない以上、クシロキングに余力は十分残っているはずだった。ところが、岡部騎手の手は早くも激しく動き、クシロキングの脚色は、もう怪しくなっている。

「勝つのはこの馬じゃない・・・」

 柴田騎手は、ライバルの動きからクシロキングにさっさと見切りをつけた。クシロキングにこだわっていては、前にいる馬をとらえ切れない。前の馬が楽に走っている様子を確かめた柴田騎手は、パーシャンボーイを外に持ち出し、自らレースの主導権を取るために、敢然と進出を開始した。