『夏の乱気流』

 この年の宝塚記念の出走馬をみると、例年の顔ぶれに比べて豪華さという点からは見劣りがしていた。絶対皇帝・シンボリルドルフの引退によって競馬界に訪れた戦国時代は、ミホシンザンの故障、シリウスシンボリの海外遠征などによってさらに混沌としたものになっていた。この日の17頭の出走馬も、そのうちGl勝ち馬はわずかに3頭しかおらず、逆に重賞未勝利馬は、パーシャンボーイを含めて5頭もいた。

 そんな出走馬たちの中で単勝220円の1番人気に支持されたのは、前走の天皇賞・春(Gl)を勝ったばかりのクシロキングだった。もともと中距離馬といわれていたクシロキングは、天皇賞・春では距離が不安視されていたものの、その距離不安説を一掃してGl戴冠を果たしたクシロキングは、得意の中距離に戻って有力視されていた。同世代の実力ナンバーワンとみられる二冠馬ミホシンザンが骨折、ダービー馬シリウスシンボリが海外遠征中という情勢の中で、5歳世代の雄として競馬界の次代を担う役割がこの馬に期待されたことも、ある意味当然のことだった。

 クシロキングに続く580円の2番人気は、前年の宝塚記念(Gl)の覇者で連覇がかかるスズカコバンでもなければ前年のエリザベス女王杯(Gl)馬リワードウイングでもなく、Gl未勝利ながら多くのファンからGl級の実力を認められていたスダホークだった。ファン投票で1位だった彼は、前年に日本ダービー(Gl)と菊花賞(Gl)で2着、この年もAJCC(Gll)、京都記念(Gll)を連勝しており、前走の天皇賞・春こそ7着に敗れたものの、その底力は侮れないと評価されていた。ちなみに、Gl勝ちの経歴があるスズカコバンは5番人気、リワードウイングは11番人気だった。

 しかし、ファンのパーシャンボーイに対する評価も、本番が近づくにつれて急上昇しつつあった。一線級との対戦がまだないとはいえ、今年既に4勝を挙げている上がり馬であり、血統表にアルファベットが並んだ、当時としては比較的珍しい外国産馬パーシャンボーイは、重賞初挑戦が宝塚記念(Gl)という未知の魅力を引っさげて、実績馬の足もとを救うかもしれない惑星として急浮上したのである。