『マイルの帝王』

 この年の安田記念(Gl)では、6歳以上の有力馬がおらず、せいぜい7歳馬から皇帝世代の生き残り・スズパレードが、中山記念(Gll)制覇の勢いを駆って悲願のGl制覇を目指して出走してきたのが目立つ程度だった。そんな出走馬の中で特に下馬評が高かったのは、フレッシュボイス、ニッポーテイオーダイナアクトレスという5歳世代の3頭だった。

 これらの3頭の生涯成績を並べてみた場合、ニッポーテイオーは短中距離のGlを3勝し、ダイナアクトレススプリンターズS(当時Gll)、毎日王冠(Gll)などを勝って2年連続で最優秀古牝馬に選ばれた。フレッシュボイスも含めて、この世代のマイル戦線における実力は相当のものだったといえるだろう。

 ただ、当時は3頭の出走馬たちはまだGlを制してはいなかった。皐月賞ダイナコスモス、不敗の3歳王者ダイシンフブキといった、本質的にはマイラーだったと思われる馬たちが早期引退に追い込まれたこともあって、この世代がマイル路線では強いという評価は、まだされていなかった。

 この3頭の比較のうえで最強という評価を得ていたのは、ニッポーテイオーだった。ニッポーテイオーは、4歳春の時点ではそれほどの馬とは思われておらず、フレッシュボイスが2着に入った皐月賞でも8着に敗れている。しかし、その後マイル路線に照準を定めたニッポーテイオーは、ニュージーランド4歳T(Glll)で初重賞を制するや、快進撃を開始した。秋からは菊花賞路線に見向きもせず、古馬との激突を恐れずマイル路線へと進撃し、4歳馬ながらスワンS(Gll)を勝ち、マイルCS(Gl)、毎日王冠(Gll)2着の実績を残している。

 ニッポーテイオーは、5歳初戦とした京王杯SC(Gll)でもダイナアクトレス以下に快勝しており、関係者は

「マイルなら、もはやこの馬に勝てる馬はいない」

と豪語していた。当時のニッポーテイオーの風格と安定感は、そんな言葉がまったく誇張に聞こえないほどで、優れたスピードを武器とし、早い段階で先頭に立ってそのまま押し切るその姿は、まさにマイル界の若き帝王というにふさわしいものだった。

 安田記念当日、1番人気に推されたのはやはりニッポーテイオーであり、フレッシュボイスはスズパレードをはさんでの3番人気にとどまったが、そのことを奇異に思うファンはいなかったといっていいだろう。