『悪コンディションの下で』

 そんな後方への嘆きをよそに、その嘆きをはるかに超える大きな期待を背負ったニッポーテイオーは、快調にレースを引っ張っていった。重馬場だろうが何だろうが、真の実力馬には関係ない。横綱相撲で押し切ってみせる。彼の競馬は、そういわんばかりの自信にあふれていた。スタート後ほどなく先頭に立ったニッポーテイオーは、第4コーナーを回ってもなお先頭を譲ることなく、自らの競馬を貫いていた。

 ・・・だが、馬場のコンディションは、目に見えない部分でニッポーテイオーから切れとスピードを奪いつつあった。素軽いスピードを最大の武器とするニッポーテイオーにとって、本来重馬場は、マイナス要因にこそなれ、プラス要因となることはない。それでも絶対的なスピードと優れたセンスによって、人間たちにそのマイナス要因を感じさせなかったニッポーテイオーだが、脚に絡まる湿った芝と荒れた馬場は、じわじわと彼のスタミナを削っていたのである。いつもならここから一気に後続を突き放しにかかるニッポーテイオーだが、この日はそこから抜け出すことができない。

 ただ、悪コンディションにスタミナを削られるのは、ニッポーテイオーだけではない。ニッポーテイオーがいつもの走りに比べると順調さを欠いていたとしても、他の馬たちがそれ以上に順調さを欠けば、結果は同じである。いや、むしろ悪コンディションの方が、精神力による差が顕著となる。すなわち、悪コンディションに負けずに走り抜こうとする精神力を持つ一流馬と、悪コンディションに負けて走る意思すら失ってしまう一流ならざる馬との間の差は、より大きくなる。

 ニッポーテイオーと後ろの馬たちの差は、なかなか縮まらない。重い馬場にスタミナを奪い尽くされ、1頭、また1頭と力尽きて脱落していくのは、後続の馬たちの方である。堅固な精神力で闘志を燃やし続けるニッポーテイオーの脚が止まる気配はなく、1番人気に応えての逃げ切り勝ちは、なるかに見えた。

 しかし、大外から1頭が次元の違う末脚を見せて突っ込んできたのは、その後だった。・・・その馬こそが、フレッシュボイスだった。