『戦いの火蓋』

 日本経済全体がバブル経済に踊っていたこのころは、ちょうど日本の競馬が大きな変革期を迎えつつある時期でもあった。オグリキャップらの活躍によって競馬人気はこれまでになく高まり、東京競馬場へつめかけた20万近いファンの中には、これまでになく若者たちの姿が目立っていた。

 また、若者が目立つのはスタンドだけではなく、有力馬の騎手たちには例年にないほど若手騎手の姿が目立っていた。メジロライアンの横山騎手、ハクタイセイに乗り替わった武豊騎手、あるいはトライアルであるNHK杯を勝ったユートジョージに騎乗する岡潤一郎騎手・・・こうした20歳になるかならないかの競馬界のニューウェーブたちが大舞台へと参戦し、まさに競馬新時代の到来を予感させる顔ぶれが揃っていた。

 しかし、そのダービーの戦いの火蓋を切って落としたのは若手のスターたちではなく、30代も半ばを過ぎたベテラン騎手の中野栄治騎手だった。大方の予想通り、中野騎手の手綱とともに、アイネスフウジンが勢いよく飛び出した。他の馬にぶつかられて逃げ損なった皐月賞と違い、今度こそはトラブルもないまま先頭に立つと、皐月賞の鬱憤を晴らすかのように、一気に後続を引き離しにかかっていった。大逃げを称えるかのように、スタンドからは、どっと大歓声がわき起こった。