『望み』

 ただ、この日の展開は、スズパレードにとっては願ってもないものだった。人気薄のシンブラウンが逃げを打ち、この馬に引っ張られて1番人気のニシノライデンと2番人気のニッポーテイオーが、カカリ気味に続いた。やがて彼らの位置関係は、ニシノライデンが前に出て、ニッポーテイオーがそれを見るような形に落ち着いたものの、この2頭は互いを意識し、牽制し合う流れとなった。

 実力馬2頭が互いに潰し合ってくれれば、3番手の出番となる。幸い、前の2頭は互いのライバルのことしか頭にないようだった。

 スズパレードと、彼の手綱をとる蛯沢誠治騎手は、前を行く有力2頭のさらに後ろで彼らを見ながらレースを進めた。彼はこの時、いつ勝負に出るか、そして勝負に出るときはどのような形に持っていくかを考えていた。というのは、前の2頭をどうやってかわすか、その作戦によっては、思わぬ勇み足になってしまうかもしれない可能性があった。

 蛯沢騎手は、最終的に目標となるのは、ニッポーテイオーの方だと考えていた。ニッポーテイオーを相手として考えるならば、馬体を併せた後にニッポーテイオーが発揮する、並んでも抜かせない勝負根性は脅威だった。かわす時は一気にかわさなければ、もともと強いニッポーテイオーに、さらに実力以上の根性が加わって、非常に始末が悪くなる。

 しかし、ここで問題となるのがニシノライデンとの位置関係だった。強烈な斜行癖があり、これまでになんと6回の処分歴があったニシノライデンが、この日も斜行しないという保証はどこにもない。もしスズパレードニッポーテイオーをかわしにかかった時にニシノライデンの斜行にでも巻き込まれようものなら、その時点でスズパレードの夢は、終わってしまう。

 蛯沢騎手は、天皇賞・春(Gl)ではアサヒエンペラーに騎乗し、ニシノライデンの斜行の被害者となっている。蛯沢騎手は、脚に爆弾を抱えながらもシンボリルドルフ世代の生き残りとしてこの日まで戦ってきたこの相棒に、なんとしても大きな勲章をプレゼントしてやりたかった。少しでも確実な勝利を、少しでも無難に勝ち取りたい・・・そのために彼は、勝機を待っていた。