『第三の馬生』

 種牡馬を引退したメジロデュレンは、乗馬として新たなるスタートを切ることとなった。気性の荒さから乗馬として穏やかにやっていけるのかどうかが心配されていたメジロデュレンだが、静岡県つま恋乗馬クラブで、無事に乗馬としての馬生を送っているようである。

 池江師のいうには、気性の荒さに隠れがちだが、メジロデュレンは頭の良い馬だったという。彼の競走生活を終わらせる直接の原因となったゲートの悪さも、ただ単に気性が悪かったからではなく、レースの前はいつもダッシュをつけようと思って後ろ脚に力を入れるため、ゲートが開くまでに時間がかかると我慢し切れなくなって立ち上がってしまったのである。レース以外のゲート練習でメジロデュレンが立ち上がるようなことは、一度もなかったとのことである。

 種牡馬になってからも、メジロデュレン自分のパドックがしっかりと分かっており、ほかのパドックに移すと絶対に草を食べなかった。また、引退が決まった後、厩舎から種馬場に連れていくためにメジロデュレンを馬運車へ乗せようとしたところ、メジロデュレンは悲しそうな嘶きを上げて、馬運車に乗るのを嫌がった。レースの前には一度もそんなことはなかったにもかかわらず。池江厩舎の人々は、

「ああ、こいつは自分が違う所に連れていかれることが分かっとんやなあ」

とため息をつきながら、メジロデュレンを見送ったという。そんな馬並外れた頭の良さをうまく生かして、乗馬としての生活に慣れてくれたのは喜ばしいことである。