『生涯最大の危機』

 一般的な見方をするならば、2戦続けてこれほどの惨敗に終わった馬を、よくもまあ引退させなかったものである。ちなみに、担当馬が走るかどうかが収入に直結する厩務員たちは正直である。このころ、ある事情でダイユウサクの担当厩務員が交代することになったが、内藤厩舎の所属厩務員はみなダイユウサクを担当することを嫌がった。結局、ダイユウサクは内藤厩舎でも一番若く、これまで1勝馬を1頭担当したきりで、ほかは全部未勝利馬しか担当させてもらえなかったため、仲間内では「未勝利馬専門」などと言われていた厩務員に押しつけられてしまった。

 それもそのはずである。ただでさえ弱いのに、未勝利のまま5歳になってしまった馬は、中央開催の出走権まで失ってしまう。そんなダイユウサクが再び中央開催での出走を果たすためには、とにかくどこかのローカル開催の条件戦で1勝しなければならない。・・・そんな希望があれば、このような事態には陥っていない。これでは誰も担当したがらないのも当然だろう。かといって、地方競馬へ転厩しようにも、獲得賞金ゼロではさすがに引き取り手がなく、どうにもならない。

 この時はさすがに内藤師もダイユウサクの乗馬転出を真剣に考えた。しかし、厩舎でダイユウサクのあまりに澄んだ瞳を見ていると、なぜかついつい情にほだされてしまう。

「もうちょっと様子を見てみようか」

と内藤師に思い直させたのは、やはり馬の徳であろうか。