『第104回天皇賞』

 そして、運命の1991年天皇賞・秋、第104回天皇賞(Gl)当日がやって来た。単勝190円の圧倒的1番人気に支持されたのは、前年の菊花賞に続いて天皇賞・春(Gl)を制しているメジロマックイーンだった。

 名門メジロ牧場に生まれただけでなく、メジロ牧場の誇る天皇賞父子制覇を達成したメジロアサマメジロティターンを父系、そしてやはりメジロ牧場によって長い時間とともに育てられた基礎牝系たるシェリル系を母系とするメジロマックイーンは、両親から晩成の血を受け継ぎ、そして前年の秋以降は、その晩成の血を無限の成長力と変えつつあった。既にGlを2勝しながらさらに充実の一途をたどる王者メジロマックイーンは、秋の緒戦に選んだ京都大賞典(Gll)で、他の馬たちが彼を恐れて次々と回避する中、実力どおりに楽勝して、もはや疑う余地のない圧倒的な実力を見せつけていた。彼の鞍上にいるのは、前々年のイナリワン、前年のスーパークリーク、そしてこの年メジロマックイーン天皇賞・春3連覇を達成し、「天才」の称号をほしいままにする「平成の盾男」こと武豊騎手である。

 しかも、メジロマックイーンのライバルたりうるとしたらこの馬しかいない、といわれ、宝塚記念(Gl)では悲願のGl制覇を成し遂げた東の横綱メジロライアンは、この時屈腱炎に倒れ、戦線を離脱していた。最大のライバルなき今、メジロマックイーンが史上2頭目天皇賞春秋連覇を達成することは、もう既成事実のように言われていた。穴党はなんとか荒れる要素を探し出そうと血眼になり、なんとか「距離不足」「外枠不利の府中2000mで13番枠は外すぎる」という主張を引っ張り出したものの、そうした主張の頼りなさは、主張する人々が一番よく分かっていた。大部分のファンにとってこのレースは「軸不動」で、あとは連下に何が来るか、というのが予想の焦点であり、注目と関心の対象だった。

 圧倒的支持を受けるメジロマックイーンの前では、他の馬たちの影はかすみがちとなった。それはプレクラスニーも例外ではない。2番人気は、前年に日本ダービー3着、菊花賞2着、ジャパンC4着という戦績を残したホワイトストーンで、秋はオールカマー(Gll)で公営の雄ジョージモナークに後塵を拝していたものの、彼の不思議なカリスマはなお健在だった。プレクラスニーは、ホワイトストーンに続く単勝870円の3番人気となった。いちおうは期待馬の端くれという評価といえようが、それ以上のものでもない。だが、この時の状況を考えれば、この日の人気は不当なものではない。いかんせんファンの間には「マックイーン神話」が浸透しすぎていたし、さらにこの日の東京競馬場には、雨が降り続いており、馬場状態が最悪になっていた。

 湿って力のいる馬場・・・それは、メジロマックイーンが最も得意とする馬場だった。一方、脚質こそメジロマックイーンと同じ先行型ではあるものの、持続力のあるスピードを最大の武器とするプレクラスニーにとって、この気候と馬場状態は、明らかにマイナス材料だった。