『栄光のゴール』

 ヤエノムテキは、残り400m地点で馬群を抜け出した。

「あいつは、あいつはどうした? 」

満場のファンは、もう1頭の来るべき馬の姿を懸命に探した。猛然と飛び出したヤエノムテキをとらえるのは、緑の帽子に白い馬体のあの馬しかいない・・・。

 すると、後続の馬群からもう1頭、ヤエノムテキをとらえるべく襲いかかる馬がいた。しかし、それはみなが考えていた、オグリキャップではなかった。オグリキャップとは似ても似つかぬ黒い馬体のその馬は、岡部騎手が選ばなかったメジロアルダンだった。岡部騎手が選ばなかった馬が、岡部騎手が選んだ馬を追い詰める・

 だが、ヤエノムテキはライバルの急襲をアタマ差凌いで天皇賞馬の栄冠を勝ち取った。この日の勝ちタイムは1分58秒2であり、サクラユタカオーが記録したレコードを更新するものだった。ヤエノムテキの栄光は、同時にそれまで幾度となく敗れ去ってきたオグリキャップを破っての勝利だった。

 岡部騎手にとっても天皇賞制覇は4回目だったが、それまでの3回はすべて春で、秋を勝つのは初めてだった。自分が選んだ馬で、しかも自分のとった内からの進出策が当たっての勝利は、騎手冥利に尽きるものだったことだろう。ちなみに、彼は自分が選ばなかったメジロアルダンにあわやのところまで追い詰められたことを聞かれると

「残す自信はありました。(ヤエノムテキは)自分が選んだ馬ですから・・・」

と言葉を選びながらはっきり言い切った。そんな岡部騎手のインタビューを横目に見ながら、メジロアルダンの管理調教師である奥平師が、悔しそうに

「岡部もほっとしただろう」

と言ったという光景は、非常に印象的である。

 ちなみに、この日の表彰台には、生産者の宮村氏の姿もあった。皐月賞の日に府中に来なかった彼は、今度勝つときは表彰台に立とうと思って何度も競馬場に足を運んだものの、今度はなかなか勝てなくなってしまった。この日も

「俺が行くと勝てないから、行かない・・・」

と決めていたが、前日に突然気が変わって出かけたという。こうして宮村氏も、皐月賞の「借り」をきっちり返した形となった。